2011年 04月 08日
始めないと始まらない
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長期にわたる停電、そして原子力発電所の事故...これまで口にするだけで変人とか過激な自然保護団体のシンパなんていうレッテルを貼られかねなかった「自然エネルギー」という言葉が、今、俄然注目され始めている。
もちろん電力消費量を今のままのレベル、あるいはさらに増加するという前提、しかも今の技術レベルで「自然エネルギー」が原子力の代替エネルギーとなることは難しいことは認めざるを得ない。でも、今回の国難ともいえる大災害を機にその前提を変えることが出来るなら...不要不急の無駄な電気を使わないよう努力することで、電力消費量をこの国の歴史上初めて右肩“下がり”にすることが出来たなら、代替エネルギー論も多少の現実性を帯びてくるのではないか?
折りしも人口の減少が始まり、GDPベースで中国に追い越されて“量から質へ”という発想の転換を迫られつつあるこのタイミングは、このことを考える良い機会なのではないのか?そんな風にも思えるのだ。
電力消費量のうち圧倒的に多いのは産業用。家庭が使うのは全体の30%程度と言われている。“たった30%”なのか、それとも“30%も”なのかはともかく、その30%のうちでどれだけ節電出来るかを考えることが、今、僕らシロウトに出来ることだ。
こういう大きな数字、イメージするのが難しい話ってのはマクロで考えず、それぞれの家庭単位、個人単位に置き換えて考えると分かりやすい。そこで、我が家の場合を例にとって考えてみることにする。 photo:我が家の5.96kW(153W×39枚)太陽光発電システムと8㎡300L強制循環式太陽熱給湯システム
僕が40歳、MasaとAzuが小学生だった2004年、我が家の年間電力消費量は9418kWhだった。
総床面積191.45㎡(57.92坪)の家に4人暮らし&電灯がほぼ全て白熱灯だとはいえ、一戸建て標準(平均3.9人家族&平均床面積135.6㎡)の平均7344kWhと比べても、ちょっとこれは使い過ぎ(涙)。で、去年2010年は6781kWh...実に28%の節電という数字だ。
この6年間に何があったか?
①DODGE VANに80Wパネルを取付けて節電を目で見る楽しみを知った効果(2005〜)
②子供たちが学校で受けた省エネ授業による効果(2005〜)
③白熱灯を電球色蛍光灯に替えて使用電力が3000Wから853Wになった効果(2005〜)
④ログハウス発電所で5.96kWのパネルを設置して使用量が目に見える効果(2009〜)
これに、太陽光発電で実際に発電することで得られる電気が加わると...
年 消費量 発電量 自家消費 買電-売電
2004年 9418 0 0 9418
2010年 6781 5754 2166 1026 (kWh)
つまり、2010年は2004年に比べ総使用量で28%の節電に加え、太陽光発電の導入によって電力会社からの買電ベースで設置前の9割を削減し、実質一割程度(10.9%)の電気で済んでいるということだ。
我が家のSHARP製民生用ソーラーパネル自体は受ける太陽エネルギーの14.4%しか電気に変換出来ないけれど、それでも、もう少し節電を努力すれば(たぶんMasaが居なくなって3人家族になったので努力しなくても?)電力会社からの電気供給をゼロにすることが可能ということ。
(当然ながら、電力会社の電源との連係運転なので、昼間のピーク時に我が家から余った分を電力会社に供給し、太陽光が発電しない夜間に若干買う差し引きで...)
前述の通り、ソーラー発電については発電量が一定しないことや効率が悪いことなど、ネガな部分を挙げて色々な批判もあるけれど、否定的な意見はいつも導入していない側からのもので、実際に導入している人の満足度はかなり高いと思う。初期投資の問題だけクリア出来れば、導入前の10%程度の電力消費量で済むという事実...僕自身は圧倒的に“良いこと”だと思うのだけど、コストの問題とかもあって、今すぐの代替は難しい。でも始められるところから、始められる人から始めないとこの国の未来は始まらない。
甚大な被害、悲しい現実...タイムマシンがあれば3.11以前に戻りたい。こんな災害に見舞われることがなかったらなと心から思う。でも、残念ながら僕らにタイムマシンはなく、時を巻き戻すことは出来ない。それならば。
この震災はこの国の“卒業”であり“引っ越し”であるように思う。僕らの何かを変えなければならない。そのために何が必要で何を捨てなければならないのか?大きな意味で被災者である僕らひとり1人が問われているのは、“復旧”ではなく如何に“復活”を果たすか?という大きな課題であるような気がする。
ただ、この手の問題は大上段に構えて理念だの主義主張だのを振りかざしてみても、それは趣味の世界...世間では通用しない。
理想は理想、でも大事なのは現実...エコロジーよりもエコノミーってことで(苦笑)、2004年に電力会社から9418kWh買ってた電気が、太陽光発電を導入することで4615kWh(消費量6781kWh−自家消費2166kWh)と半減し、当然ながら電気代も半分。
我が家の場合、消費量収支ゼロまではもうひと息の節電努力が必要だけど、お金の収支的には確実にプラス...つまり払ってる電気代より受け取ってる電気代の方が多い=利益を生んでいます。
現在の料金体系が今後も続くとしたら10年以内に初期投資を回収出来そう...10年据置、その後は設備の寿命(たぶん僕の寿命と同じぐらい?)まで毎月の電気代ぶんの配当が付く一時払いの養老保険とでも考えたら決して悪い話ではないと思うんだけど(苦笑)。
理念と好奇心と損得勘定と...始めないと始まらないし、変えようとしないと変わらない。
もちろん電力消費量を今のままのレベル、あるいはさらに増加するという前提、しかも今の技術レベルで「自然エネルギー」が原子力の代替エネルギーとなることは難しいことは認めざるを得ない。でも、今回の国難ともいえる大災害を機にその前提を変えることが出来るなら...不要不急の無駄な電気を使わないよう努力することで、電力消費量をこの国の歴史上初めて右肩“下がり”にすることが出来たなら、代替エネルギー論も多少の現実性を帯びてくるのではないか?
折りしも人口の減少が始まり、GDPベースで中国に追い越されて“量から質へ”という発想の転換を迫られつつあるこのタイミングは、このことを考える良い機会なのではないのか?そんな風にも思えるのだ。
電力消費量のうち圧倒的に多いのは産業用。家庭が使うのは全体の30%程度と言われている。“たった30%”なのか、それとも“30%も”なのかはともかく、その30%のうちでどれだけ節電出来るかを考えることが、今、僕らシロウトに出来ることだ。
こういう大きな数字、イメージするのが難しい話ってのはマクロで考えず、それぞれの家庭単位、個人単位に置き換えて考えると分かりやすい。そこで、我が家の場合を例にとって考えてみることにする。
僕が40歳、MasaとAzuが小学生だった2004年、我が家の年間電力消費量は9418kWhだった。
総床面積191.45㎡(57.92坪)の家に4人暮らし&電灯がほぼ全て白熱灯だとはいえ、一戸建て標準(平均3.9人家族&平均床面積135.6㎡)の平均7344kWhと比べても、ちょっとこれは使い過ぎ(涙)。で、去年2010年は6781kWh...実に28%の節電という数字だ。
この6年間に何があったか?
①DODGE VANに80Wパネルを取付けて節電を目で見る楽しみを知った効果(2005〜)
②子供たちが学校で受けた省エネ授業による効果(2005〜)
③白熱灯を電球色蛍光灯に替えて使用電力が3000Wから853Wになった効果(2005〜)
④ログハウス発電所で5.96kWのパネルを設置して使用量が目に見える効果(2009〜)
これに、太陽光発電で実際に発電することで得られる電気が加わると...
年 消費量 発電量 自家消費 買電-売電
2004年 9418 0 0 9418
2010年 6781 5754 2166 1026 (kWh)
つまり、2010年は2004年に比べ総使用量で28%の節電に加え、太陽光発電の導入によって電力会社からの買電ベースで設置前の9割を削減し、実質一割程度(10.9%)の電気で済んでいるということだ。
我が家のSHARP製民生用ソーラーパネル自体は受ける太陽エネルギーの14.4%しか電気に変換出来ないけれど、それでも、もう少し節電を努力すれば(たぶんMasaが居なくなって3人家族になったので努力しなくても?)電力会社からの電気供給をゼロにすることが可能ということ。
(当然ながら、電力会社の電源との連係運転なので、昼間のピーク時に我が家から余った分を電力会社に供給し、太陽光が発電しない夜間に若干買う差し引きで...)
前述の通り、ソーラー発電については発電量が一定しないことや効率が悪いことなど、ネガな部分を挙げて色々な批判もあるけれど、否定的な意見はいつも導入していない側からのもので、実際に導入している人の満足度はかなり高いと思う。初期投資の問題だけクリア出来れば、導入前の10%程度の電力消費量で済むという事実...僕自身は圧倒的に“良いこと”だと思うのだけど、コストの問題とかもあって、今すぐの代替は難しい。でも始められるところから、始められる人から始めないとこの国の未来は始まらない。
甚大な被害、悲しい現実...タイムマシンがあれば3.11以前に戻りたい。こんな災害に見舞われることがなかったらなと心から思う。でも、残念ながら僕らにタイムマシンはなく、時を巻き戻すことは出来ない。それならば。
この震災はこの国の“卒業”であり“引っ越し”であるように思う。僕らの何かを変えなければならない。そのために何が必要で何を捨てなければならないのか?大きな意味で被災者である僕らひとり1人が問われているのは、“復旧”ではなく如何に“復活”を果たすか?という大きな課題であるような気がする。
ただ、この手の問題は大上段に構えて理念だの主義主張だのを振りかざしてみても、それは趣味の世界...世間では通用しない。
理想は理想、でも大事なのは現実...エコロジーよりもエコノミーってことで(苦笑)、2004年に電力会社から9418kWh買ってた電気が、太陽光発電を導入することで4615kWh(消費量6781kWh−自家消費2166kWh)と半減し、当然ながら電気代も半分。
我が家の場合、消費量収支ゼロまではもうひと息の節電努力が必要だけど、お金の収支的には確実にプラス...つまり払ってる電気代より受け取ってる電気代の方が多い=利益を生んでいます。
現在の料金体系が今後も続くとしたら10年以内に初期投資を回収出来そう...10年据置、その後は設備の寿命(たぶん僕の寿命と同じぐらい?)まで毎月の電気代ぶんの配当が付く一時払いの養老保険とでも考えたら決して悪い話ではないと思うんだけど(苦笑)。
理念と好奇心と損得勘定と...始めないと始まらないし、変えようとしないと変わらない。
by papapaddleraki
| 2011-04-08 19:53
| -ソーラーパワー